コラム

歌舞伎ソムリエ おくだ健太郎のシネマ歌舞伎「女殺油地獄」解説!

2021/06/23
テキスト=おくだ健太郎

与兵衛は、ただの甘ったれた若造なのか?
現代にも通じる、孤独な若者を繊細に描いた名作! 

「女殺油地獄」は、有名な劇作家・近松門左衛門の作品です。享保六年(1721)の七月に、当初は人形浄瑠璃で上演されました。歌舞伎に脚色されたのは、それからだいぶ後で、明治四十二年(1909)の十一月のことです。

主人公の与兵衛は、大坂・天満(てんま)の油屋の次男ですが、店の屋号は河内屋(かわちや)といいます。この作品が歌舞伎化されたとき、与兵衛を演じたのは、上方歌舞伎の人気役者・二代目實川延若(じつかわえんじゃく)でした。彼の屋号もやはり、河内屋。河内屋の芝居に「河内屋!」と掛け声がさかんに飛んで盛り上がっていたんですね。なんかいいなぁ・・・。

先代が亡くなって、のこされた長男は、実家からよそへ出て自分の店を構えたので、次男の与兵衛は、本来は廻ってくるはずのなかった「河内屋のあととり」という立場なのですが・・・日頃の言動が、すっかりグレて、すさんでいます。遊女とのたわむれにうつつを抜かしたり、乱暴さわぎを起こしたり、金を使いまくったり、始末におえません。

なぜそうなってしまったのか・・・与兵衛の母親がその原因を招いています。夫(すなわち与兵衛の父)の死後、彼女は、店の番頭・徳兵衛を新たな夫にして、店の主人にもすえました。経営状況やそろばん勘定をしっかりと管理してきた番頭さんですから、河内屋の商売をきちんと続けていく、という点では、たしかにこれは「正しい再婚」でしょう。

でも、少年~青年の時期のナイーブな若者・与兵衛から見たとき、母のこの選択・決断は、どんな思いを彼に抱かせたか・・・これはなかなかデリケートな問題ですよね。芝居を見ているかぎり、母親が徳兵衛を「男としてどう見ていたか」は、はっきりとは描かれていないのですが・・・すごく想像がふくらむ。おそらく与兵衛もそんなふうに、あることないこといろいろと、邪推をめぐらさずにはいられなかった、と思うのです。

ただれた心持ちで粗暴な言動をくりかえす与兵衛を、「血のつながらない父親」徳兵衛は、きびしくたしなめることが出来ません。だって、もともとが、仕えているお店のお坊ちゃんなのですから。初期設定からして腰が引けているわけです、「息子」に対して。そしてそのことが、ますます与兵衛を、やり場のない孤独感へと追いつめていきます。

そんな与兵衛が、唯一、心を許した相手こそ、同じ町内の同じ商売の豊嶋屋(てしまや)の女房・お吉なのです。子どものころや学生のころ、みなさんにも、何でも話しやすい近所のおじさんやおばさん、おにいさんやおねえさんが、いませんでしたか?与兵衛とお吉は、まさにそういう間柄なんです。

全身油まみれになりながら、与兵衛がお吉を危(あや)めていく、この作品の壮絶なラストシーンを、二人の関係性に思いをはせながら見ていただきたい。さまざまなモヤモヤを抱えまくった与兵衛が、いちばん素直に自分をさらけ出せる、いちばん本来の純情さを引き出してもらえる相手。それがお吉だったはずなのに、なぜこんな悲しい結末が訪れてしまうのか・・・

じっくりと味わっていただきたい、リアルさにあふれた物語です。

松竹チャンネル
十代目松本幸四郎襲名記念シネマ歌舞伎『女殺油地獄』予告篇
松竹チャンネル
シネマ歌舞伎『女殺油地獄』松本幸四郎スペシャルインタビュー!
プロフィール
おくだ健太郎(歌舞伎ソムリエ)
1965年、名古屋市生まれ。
大学入学で上京後、渡米生活を経て歌舞伎に熱中。卒業後、イヤホンガイドを25年あまりつとめて、いったん卒業。現在は、生放送スタイルの新しい同時解説システムを立ち上げ、日本各地の地芝居の応援などに活用。また、「歌舞伎ソムリエ」として、トーク会やユーチューブなどさまざな形で、歌舞伎の魅力をたのしく発信中。
あらすじ
あの衝撃の事件を未だかつてない鮮烈な映像で描く!
すれ違う情愛、届かない想いの果てに、自分を見失った青年は一瞬の心の闇へその身を投じた―。
三百年前に世間を震撼させた事件に潜む青年の孤独と寂しさ。
その火種は現在も人々の心に漂う。
近松門左衛門の名作『女殺油地獄』を映画界で活躍する監督、スタッフが鮮烈な舞台映像で描き出す!

新・松本幸四郎として初の映像作品で新境地を切り開く!
歌舞伎のみならず、現代劇、ドラマや映画と様々なフィールドで活躍してきた七代目市川染五郎。松本幸四郎を襲名し新たなステージに進んだ今、シネマ歌舞伎にも新たな風を巻き起こす!今回は大阪松竹座の襲名公演を収録し、幸四郎自らも編集に参加。新・松本幸四郎初のシネマ歌舞伎が満を持して映画館のスクリーンに登場!

実在の事件を基にした若者の孤独と狂気の物語―
油屋の次男与兵衛は、放蕩三昧で喧嘩沙汰を起こしてばかり。借金のため、親からも金を巻き上げようとし、継父や妹にまで手をあげる始末。見かねた母が勘当を迫ると与兵衛は家を飛び出してしまう。あてもなく彷徨う与兵衛が向かったのは同業の油屋女房お吉のもとだった。時を告げる鐘の音が響いたそのとき、心にとりついた一瞬の闇が与兵衛をある行動へと駆り立てる―。

    公演情報

十代目松本幸四郎襲名記念
シネマ歌舞伎
近松門左衛門 作
片岡仁左衛門 監修
「女殺油地獄」

日時:

・2021年7月22日(木・祝)
15:00~ @春日井市東部市民センター
・2021年8月26日(木)
15:00~ @春日井市民会館

入場料:

一般¥2,200、音声ガイド付¥2,600、【学生の特券】小中高生¥500 (学生の通常料金¥1,500のところ、主催者負担により本公演のみ特別に¥500でご覧いただけます。)音声ガイド利用の場合は+¥400
(税込、全自由席、当日券同額、未就学児入場不可)

イベント情報はコチラ

発売日:

2021年6月20日(日)~


出演:

河内屋与兵衛:松本 幸四郎
七左衛門女房お吉:市川 猿之助
山本森右衛門:市川 中車
芸者小菊:市川 高麗蔵
小栗八弥:中村 歌昇
妹おかち:中村 壱太郎
刷毛の弥五郎:大谷 廣太郎
口入小兵衛:片岡 松之助
白稲荷法印:嵐 橘三郎
皆朱の善兵衛:澤村 宗之助
母おさわ:坂東 竹三郎
豊嶋屋七左衛門:中村 鴈治郎
兄太兵衛:中村 又五郎
河内屋徳兵衛:中村 歌六
※出演者名は公演当時の表記です。
 平成三十年七月大阪松竹座公演

主催・問合せ:

公益財団法人かすがい市民文化財団
TEL:0568-85-6868