インタビュー

個人の物語から、社会の普遍性を描き出す
編集者・清田麻衣子の本の作り方

2022/04/26
テキスト=スタッフ 三宅有  撮影=佐伯慎亮
90歳から新聞ちぎり絵を始めた木村セツさん。その作品の数々とともに、セツさんの人生や暮らしをたどる作品集「90歳セツの新聞ちぎり絵」は、初版から増刷を重ねて、現在7刷を数えます。本を編集、出版したのは、ひとり出版社の里山社代表・清田麻衣子さんです。                        清田さんが編集者として、セツさんのように地道に頑張る“普通の人々”の生活や生き方に光をあて続ける原点は、学生時代にあるといいます。出版に至る経緯や本に込める思いなどを聞きました。

セツさんの人としての魅力、周りとの関係が、作品を生み出す

—まずは、セツさんの本を出版しようと思ったきっかけを教えてください。

Twitterで流れてきた作品だったと思います。セツさんが作品作りを始めたのが2019年元旦からで、私が見たのがその年の4月でしたから、孫のいこさんがTwitterでセツさんの作品を紹介したのをきっかけに、すごいスピードで広がっている時でした。いこさんのTwitterアカウントに連絡をとって、「セツさんの制作についてお話しを聞かせていただけませんか?」が始まりでした。

—いこさんにお会いになるときは、最初から本にするつもりでしたか。

想定はしていましたが、まずはお話を聞いてからと思っていたくらいで、ああいった人生聴き書きみたいな本にする構想はありませんでした。いこさんが「ばあちゃん面白いから、話聞いてみるといいかもしれません」って言ってくださって、数カ月後にセツさんに会いに奈良へ行きました。

—本の構成は、どのようにして固まったのでしょう?

作品一つひとつの制作エピソードだけでなく、昔の奈良の話に飛んだり、言い伝えだったり、『イカってもんは、昔はお供え物で…』とか、お話が自由でユニークなんです。
私もそうでしたし、皆さんも“90歳から始めた”ところに驚かれますが、実際にお会いすると、そのことに加えて、年齢関係なく人の“可能性”みたいなものや、セツさんのお人柄も重要だと思うようになって。単なる作品集ではなくて、めくりながら、人生をたどり、生活をたどれる個人史を交えた本にしようと思いました。

—そのために、ご家族にも話を聞いたのですか。

ちぎり絵を勧めたデザイナーでもある娘の幸子さんは、ご自身も創作や水墨画などもされますし、プロデューサーのような存在です。幸子さんの勧めで始めたところ、セツさんが楽しんで制作に励むようになられました。それが初めてと思えないほど上手で。それを漫画家でイラストレーターのいこさんもご覧になって、作品のユニークさに驚かれました。セツさんはお二人のアドバイスも素直に取り入れ、みるみる上達していかれました。そんなセツさんの素直なお人柄や作ることを楽しんでいる雰囲気は、見ているほうにも伝わってきて、いつの間にか癒されます。

自分とかけ離れた事でも、そこに暮らす個人の話なら共感できる

—セツさんのような方に出会うことは、清田さんにとって何かを伝えようとする力の源になるのでしょうか。

出版社を立ち上げたのは、東日本大震災の約1年半後でした。立ち上げから10年経過しましたが、その後の10年間、現在もなお、世界中で困難で大変なことが起きています。目まぐるしく変化する時代のなかで、セツさんには90年という圧倒的に長い時間の蓄積があり、その時間の中を生き抜いてこられた力強さ、生命力を昇華して表現に変えられている。だからその作品やお人柄に触れることでわたし自身励まされたり、パワーをもらっています。

—清田さんの本作りの軸となる考え方やルールみたいなものはありますか。

ジャンルや時代に捉われることなく、いつの世も変わらず求められる里山のような本を出し続けていきたいと考えています。私一人でやっている出版社ですが、ひとつのジャンルに絞ることなく、多ジャンルの本を出しています。一見バラバラに見える出版ですが、あえて軸があるとすれば、個人の歴史にフォーカスするという視点だと思います。

—個人にスポットを当てる動機、背景はどこにあるのでしょうか。

いちばん時間があり、揺れていた大学時代に出会った、佐藤真監督のドキュメンタリー映画に影響を受けました。『阿賀に生きる』『まひるのほし』などの作品を撮られた監督です。1996年に入学し、2000年に卒業しましたが、当時はいまと異なり、社会に潜む問題が顕在化する直前で、不穏な空気だけ漂っていたような気がします。前者は新潟水俣病、後者は障害者アートを題材にした作品ですが、その問題をフォーカスするというよりは、その被写体の方々の日常や生活をじっくりと撮ることで、だんだん問題を炙り出していくという方法論をとっていました。その方法は、あまりにも自分の生活から遠い環境にあるような問題をダイレクトにメッセージとして伝えられるよりも、その人の日々の暮らしの中でどのような感覚で生きているのかに寄り添う撮り方をしているので、リアリティをもって感じることができる。その後、知らず知らずにですが、わたし自身が本を作る際に、大きな問題を声高に伝えるよりも、個人の声にフォーカスするという方法論として影響を受けていると思います。

―最後に、春日井での原画展はセツさんにとって、初めての大規模展覧会になりますね。
これだけの作品が一度に展示されるのは初めてです。セツさん自身、ご自分が作られた作品をこれだけ大きな会場でご覧になったら驚かれると思います。

プロフィール
清田麻衣子
1977年福岡市生まれ。2000年明治学院大学文学部芸術学科卒。編集プロダクション、出版社勤務を経て、2012年里山社設立。ウェブサイト「マガジン航」において、出版社立ち上げの経緯やその後を綴った「本を出すまで」を連載中。

    公演情報

93歳セツの新聞ちぎり絵 原画展

日時:

2022年4月28日(木)~5月22日(日)10:00~17:00(最終入場16:30)月曜休館

会場:

文化フォーラム春日井・ギャラリー

入場料:

一般 ¥300/高校生以下無料/障がい者・介護者(付添人)無料
※前売券はございません。


主催・問合せ:

公益財団法人かすがい市民文化財団
TEL:0568-85-6868

協力:

里山社