もともとはこれが “映画” でした。
━「サイレント映画ピアニスト」という仕事を初めて知りました。
映画は誕生してから約120年ほどの歴史がありますが、トーキー(音声付き映画)が生まれるまでの約40年間は、映画には音が付いていませんでした。そのため、映画館には伴奏専門のピアニストがいて、毎日映画に合わせて生演奏していたんです。
今だと、「映画に合わせてピアノ伴奏をつける」というと特別な感じがすると思いますが、もともとは、この、映像と生伴奏とが合わさったスタイルが「映画」だったんです。大作映画の場合は作曲家が作曲して、オーケストラで演奏することもあったようですが、録音技術がないのですべて生演奏。今から考えると、贅沢ですよね。
━柳下さんは日本初の欧米スタイルのサイレント映画ピアニストだということですが、始められたきっかけは?
夢のような話じゃなくて、とても生活感あふれるきっかけなんです(笑)。東京国立近代美術館フィルムセンターで無声映画の上映を観た時に、音がついていなくて、自分のお腹の音が鳴るんじゃないかと心配で集中できませんでした(笑)。それで、伴奏をつけて観やすくしようって思ったんです。ちょうど勤めていた多目的ホールが立ち行かなくなり、何かやりたいなと思っていた時期でした。これなら、昔から続けてきたピアノを生かして、好きな映画に関われる!と思ったんです。当時映像に合わせて語る弁士さんはいたけれど、欧米スタイルのピアノ伴奏をやっている人は一人もいなかった。だから職業になるかどうかなんて分かりませんでした。海外から来日していたピアニストを真似たり、見よう見まねで始めたんです。それから、運よく映画誕生100年のイベントでデビューすることができて、今までやってこられました。
映画そのものが “楽譜” なんです。
━昔のピアニストはどうやって音をつけていたんですか?
サイレント映画に決められた楽譜はほとんどなく、選曲は、映画館や働くピアニストたちに任されていました。ですから、ピアニスト向けに「こういうシーンではこういう曲を弾いたらどう?」と提案する参考書も出版されていました。国歌やクラシック音楽などが載っていて、例えば「ラブシーン」の項目には、「ブラームスのワルツ」など数曲が紹介されています。私も最初はこれを切り貼りして演奏していましたが、同じ作曲家の曲ではないので、どうしてもチグハグになってしまいます。そこで少しずつ自分で作曲するようになって、今では即興です。昔のピアニストたちもそうだったんじゃないかな。サイレント映画ピアニストにとっては映画が一番の楽譜なんです。
━どうやって音を考えるのですか?
登場人物の感情や、表情に沿って音を付けます。また、何かが落ちた音とか、効果音も表現します。会場では、お客さんの反応も大切な要素のひとつ。コメディ作品でお客さんの笑い声がしたら、あえて演奏はしません。そうやって会場の空気を感じながら作っていくのが、生伴奏付き上映ならではの楽しさです。
━生演奏だからこその高揚感ってありますよね。
舞台でも音楽が録音か生演奏かで、盛り上がり方は変わると思います。映画は作品自体に変化はないけれど、生伴奏が付くことで違う魅力が生まれます。ピアノ伴奏つきの上映を、映画の楽しみ方のひとつとして現代に残すことができたらなと思っています。
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