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レポート

ロングインタビュー
漫画家 片山ユキヲ × 日本朗読館 東百道


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テキスト:スタッフ 林祥恵  写真:スタッフ 山川愛(2012/7/9)


一見、誰でもできそうな朗読。実は、読む作品を熟知していなければ声にして語ることができない、奥の深い表現芸術です。
そんな朗読を漫画にしてしまった方がいます。週刊ビッグコミックスピリッツで『花もて語れ』を連載中の片山ユキヲ先生。漫画の監修、ならびに朗読の原案を提供し、朗読指導者として活躍する東百道(ひがし・ももじ)先生と共に、朗読の世界についてお話を伺いました。

実はこのロングインタビュー、FORUM PRESS vol.51では掲載しきれなかった内容を、掲載した特別編です。朗読について、そして日本語の魅力について、普段はなかなか聞けないお話が繰り広げられます。朗読に興味がある方も、これまであまり朗読に触れてこなかった方も、必読です。


もともとお話は、
口伝えで聴くものだったんです

―漫画『花もて語れ』では、人見知りで、人前で喋ることもままならない主人公ハナ(22歳)が、朗読の才能を発揮し、ドンドンとその世界に引き込まれていきます。そんなハナが夢中になる朗読の、読書とは異なる魅力を教えてください。

片山 学生の頃なんかは、漫画は読むな、本を読めって言われますよね。僕も、読書しろって言われていました。あまり好きではなかったんですよね、読書が(笑)。でも、お話を聴くのが嫌いな人って、意外といないのではないかと思います。子どもが本を読んでほしがるのは、その典型例です。はるか昔では、音声言語によるコミュニケーションがほとんどでしたから、私たち人間にとって、お話は口伝えで聴くものだったんです。

 脈々と受け継がれた人類のエキスとしての音声言語は、長い歴史を持っているだけでなく、表現内容も非常に豊かです。例えば、外国の方が喋っているのを聞いて、たとえ言葉の意味は分からなくても、その人の喜怒哀楽は伝わってきますよね。もしかしたら、それ以上のことが分かるかもしれない。でも、文字言語の場合はそうはいかないんです。文字が読めなければ、何も分からずじまいですからね。


朗読は水につけて戻した、
栄養たっぷりな干しシイタケのよう

片山 豊かな心情表現ができる、音声言語で伝えるお話と、文字にまとめたお話って違うんですよ。文字にする過程で、いろいろと削ぎ落とされてしまうんですね。


削ぎ落とされた文章を、文字になる前の壮大な世界に戻せるのが、朗読です。例えて言えば、干しシイタケを水につけて元に戻すようなもの(笑)!戻った時には、栄養たっぷりに。

片山 でも、日頃使っている日本語だからといって、朗読が簡単な表現活動だと思ってはいけません。音読と朗読を同じように捉えていらっしゃる方も多いようですが、実は大きく異なります。

 朗読は、文字を音声に置き換えるだけの音読と違い、文学を越えるものだと、私は思います。物語の世界を完全に理解しないと、声にして語ることはできませんからね。朗読は「読む」ものではなく、「語る」ものなんです。

片山 実は、漫画のタイトル『花もて語れ』もそこを意識しています。主人公のハナちゃんが、朗読の世界へ引き込まれていくこの漫画では、「語る」という言葉がしっくりくるんです。

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普段はモノクロで漫画を描いている片山さんですが、表紙にはカラーならではの試みもしています。例えばこの第1巻では、背景の桜にはカラーインクを、人物の肌にはコピックを使っているそうです。それぞれのタッチの違いから絵の温かみが伝わってきます。

―朗読漫画を描くことで、朗読に触れる人の層が広がっているのではないかと思いますが、そのようなことは意識されていますか?

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片山 映画や漫画は、登場人物を取り巻くドラマを楽しむものが多いと思います。もちろんそうした楽しみ方もありますが、例えば、『花もて語れ』の中で朗読作品として取り上げている文学や、朗読という芸術表現そのものにも興味を持っていただければ、更に嬉しいですね。

 僕の『朗読の理論』が骨組みだとすると、それをうまく肉付けしてくださったのが片山先生の漫画です。漫画は文章をダラダラと書けないので、ポイントを絞って、分かりやすく描いていらっしゃいます。朗読の魅力に目覚めていく登場人物たちのドラマを楽しみつつ、朗読のノウハウも知ることができるのが、『花もて語れ』のポイントですね。

片山 勉強のための漫画ではないんですけどね(笑)。実際に読者の方々から、今までの読書スタイルが大きく変わったという声や、朗読の印象が根底から覆ったという声なんかもいただいています。この漫画が、朗読の世界に触れる一つのきっかけになればと思います。


朗読はイメージに始まり、
イメージに終わる

―朗読における、「視点の転換」について教えてください。

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ⓒ片山ユキヲ・東百道/小学館 週刊ビッグコミックスピリッツ連載中

ハナが路上で朗読する作品として選んだのは、芥川龍之介の『トロッコ』。文学の世界を薄墨で描くことで、現実世界の出来事と描き分けています。芥川が意図した視点の転換を、丁寧に追いながら物語は進みます。

片山 朗読の際に気を付けることは、「視点がどこにあるか」だと、東先生に教わりました。物語を意識して読むと、作者がどの視点から語っているのかが分かります。絵が中心の漫画では、それが重要なんです。視点が分かれば、絵にしやすいからです。朗読と漫画は、実はすごく相性がよくて、似ているんですよ。

 私は、「朗読はイメージに始まり、イメージに終わる」とよく言います。読み手が想像した作品世界が、朗読を通して、聴き手の中に新たなイメージを呼び起こします。想像をリアルに、そして立体的に膨らませるためには、作者の視点を理解することが、絶対に欠かせません。

片山 実は私たちは、日常会話の中で、自然と視点の転換を行っているんです。特に意識することもなく、微妙な日本語のニュアンスを使い分けています。

 でも、文字にしようとした途端、なぜかその使い分けができなくなる。例えば「行く」は、もともと、こちら側から遠くへと移動することを表します。ただし、より一般的な言葉として、ある地点から別の地点にただ移動する場合にも「行く」と表現します。その分、「行く」の場合には表現する人の視点の位置があいまいになりがちです。それに対して「来る」は、向こう側からこちら側へ移動する時にしか使いません。その分、この言葉を表現する人間の視点の位置がはっきりしているわけです。

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ⓒ片山ユキヲ・東百道/小学館 週刊ビッグコミックスピリッツ連載中

片山 読む場合も同様で、文中の「行く」と「来る」は、意識することなく読み流されがちです。でも、その使い分けに注意して読んでみると、作者が意図した視点の転換が自然と立ち表れてくるんです。

 助詞の使い方も朗読では重要ですね。「~と言いました」という一文では、「と」という、たった一音が前のセリフを全て受けています。みなさん、あっさりと読んでしまうのですが、実はこの「と」の読み方が難しいんですよ。私は、「と」の音を上げぎみにして、多少ゆっくりと読むようにアドバイスしています。前のセリフを全て受けとめる気持ちで「と」と表現するわけです。
片山先生は、漫画を描かれる時、「私は」と「私が」の使い分けはどうされていますか?

片山 この二つの助詞の使い方は、しょっちゅう編集の段階で直されますね(笑)。正しく使えていないんでしょうね、きっと。

 でも、こうして喋っている間は、無意識だけど、決して間違えてないですよね(笑)。実は、この「は」と「が」の使い分けは、今でも文法上の難問とされていて、一般的にはまだ十分に解明されていない状態です。これは私の考えで、まだ一般的ではないんですが、この「は」と「が」の使い分けは、音声言語の表現として考えると実は単純明快なんです。たとえば「私は走ります」の場合は、「は」の後の「走ります」の方に力点があるので、そこを強調して表現します。「私は歩くのではない、走るんだ」というような気持ちでね。逆に、「私が走ります」の場合は、「が」の前の「私」の方に力点があるので、そこを強調して表現します。「あなたではなく、この私が走るんだ」というような気持ちでね。これは実際に自分の声で表現してもらえば、よく納得していただけるはずです。そうやって、一つ一つ考えていくと、日本語は難しいけれど、実に面白いんですよ。


読み手と聴き手の合作として、
朗読は完結する

―東先生は、読み手として実際に朗読会を開かれていますが、朗読はどのような環境で聴くのが良いのでしょうか?

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 録音された朗読は、聴き手のペースで聴いていただけるし、繰り返し聴けるので利点もたくさんあります。でも、やはり一度は生の朗読会で聴いていただきたいですね。読み手と聴き手が、同じ空間で朗読がつくり出すイメージと感動を共有するという、その場でしか体験できない特別な機会ですからね。

片山 東先生が、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』を朗読されたのを、聴かせていただいたことがあります。読書だと、どうしても活字を目で追っていくことになるのですが、東先生の朗読をお聴ききしたときは、宮沢賢治が見たことや思ったこと、感じたことにまで、自然と想像が広がっていきました。それこそ、これまでにない体験でした。

 そのように思ってくださっていたなんて、嬉しいですね!宮沢賢治は視点の転換を非常に意識して作品を書いた作家ですし、芥川龍之介も、視点をとても意識していました。視点の転換に注意すると、まるで映画を見ているように読むことができる。だから朗読しやすいし、漫画にも適しているんじゃないですか?

片山 『花もて語れ』の中でも芥川の『トロッコ』を取り上げていますが、多様な視点が映画のカメラワークのように計算されていて、描写しやすかったです。

 先程、「朗読はイメージに始まり、イメージに終わる」と言いましたが、もう一つ、「朗読は、読み手と聴き手の合作」だということも忘れてはいけません。聴き手であるお客さまが、いかにイメージを膨らませることができるか。それに尽きます。朗読は、お客さまの協力がないと成り立たない芸術なんです。楽しく聴こう、イメージして聴こうという気持ちで聴いていただければ、その朗読会は素敵な時間になるでしょう。

profile

片山ユキヲ(漫画家)
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藤田和日郎のアシスタント出身。2007年より月刊少年シリウス(講談社)にて『空色動画』を連載。10年より月刊!スピリッツ(小学館)にて『花もて語れ』の連載を開始。12年、掲載誌を週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)に移す。現在連載中。⇒『花もて語れ』の単行本一覧
『花もて語れ』 既刊5巻 2010.9~ 小学館
22歳の人見知りの新入社員のハナが、朗読の世界へと引き込まれていく、熱血!朗読漫画『花もて語れ』。読めば、朗読の世界観がガラリと変わります!!

東百道(日本朗読館)
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1946年生まれ。認識論をはじめ、表現論や言語論、文学論、技術上達論などを独学で学ぶ。80年代に朗読研究を開始。2003年より、朗読の指導を始める。08年、『朗読の理論』を出版し、本格的な朗読活動を展開する。12年、『宮澤賢治の視点と心象』を新刊。⇒日本朗読館
『朗読の理論』 2008.8 木鶏社
30年近く朗読に携わる著者が、朗読を始めるためのノウハウを綴った本書。実例を取り上げた、『宮澤賢治の視点と心象』とともに、朗読者のバイブルとなること間違いなし!!

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生の朗読会で、朗読を体験したい!という方に、朗報!!
9/16(日)15:00~春日井市民会館にて、江守徹さんの朗読と能楽のコラボレーション「言の葉コンサート 羅生門」を開催します。

shuzai

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漫画『花もて語れ』に衝撃をうけ、是非お話を聞きたい!と、片山ユキヲ先生に手紙を書いたのが6月のこと。まさか、本当にインタビューできるとは夢にも思いませんでした。しかも、片山先生のアドバイザーで ある、東百道先生のお話も聞けるなんて。本当に嬉しかったです。朗読に対する熱~いお話、ありがとうございました!!

[2012/09/08|投稿者:A.Y.]