今から20年ほど前、齋正機展に行ったときのこと。日本画の先輩であり、よき相談者でもあった齋先生は、洋画に負けない「色のインパクト」と「構成」で、新進日本画家として売り出し中であった。会場を回っているうちに、私は突然、「齋先生の絵を手元に置きたいな」という購買者としての高ぶりを感じたのである。絵は買う物ではないと思っていた私には初めての感覚であった。数々の作品の中から、「買うならこれだ」と、オイルパステル画『フカイミドリ』を選んだ。その後、齋先生が大ブレイクされたことを考えると、購買者としての私の直感は意味があるように思った。それまでの私は描きたいものを描き、ある意味、独りよがりであった。以来、絵を見る人の気持ちに寄り添い、「いいな」「ほしいな」という購買者の視点も意識して創作するようになった。それに気づかせてくれたこの絵は、今も大切に飾り、私の暮らしにすっかり溶け込んでいる。

［取材・テキスト］芳賀倫子（日本自分史センター相談員）
［語り手］芝 康弘 （日本画家）